言い伝えでは、茨城県で落命した後、京都に送られ獄門にされた将門の首が、
自分の胴体を求めて夜空に舞い上がり、ここ東京都千代田区大手町に落ちたと言われています。
かつては内部に石室とみられるものがあったので、古墳であると考えられています。
心霊スポットと言われる所以はいくつかありますが、その一つは関東大震災後の大蔵省の建設に関するもので、
工事関係者や大蔵省職員の相次ぐ不審死が起こり、大蔵省内で「祟りである」と噂が広まったりしました。
そのため昭和2年に将門鎮魂碑が建立されたようです。
もう一つは、第二次世界大戦後にGHQが周辺跡地の区画整理に関するもので、
首塚を造成しようとしたとき、ブルドーザーの転倒などの不審な事故が相次いだため、結局、造成計画白紙に戻してしまいました。
現在はオフィスビルに囲まれてはいますが、この一角だけは異様な雰囲気に包まれています。