その昔、豪族の一人娘にお仙という名の娘がいました。
お仙は日ごろから村人たちを人とも思わぬ強欲非道な父親を見かねて改心させようとしました。
しかし領民が父親の殺害を計画しているのを知ったお仙は、自ら父の身代わりとなって領民に断崖から投げこまれてしまいました。
それが身代わりのお仙であったことを知った領民たちは、ここに地蔵尊を建てて供養しました。
さすがの父親も心を入れかえたということです。
これが、「おせんころがし」という地名の由来になりました。
この説以外にも、いくつか説があるようです。
急な崖になっていて、古来から外房一の難所であったこの場所ではたくさんの遭難者も出ていたでしょうし、
このような伝説が生まれやすい状況であったと考えられます。
また、1952年10月11日に一家3人の殺人事件が起きていて、これもおせんころがし事件として知られています。
あまりにも残虐な事件だったため、死刑制度存続の根拠となる事件でもありました。
現在では有名な自殺スポットとなっているようです。
たびたび着物を着た女の人の霊や赤ちゃんの鳴き声が聞こえるようです。